子どもが一番しんどくなる理由
宗教の話で、
いちばん負荷を背負うのは誰か。
大人でも
国家でも
制度でもない。
子どもだ。
宗教は、
大人が自分で選ぶ分には
自己責任で済む。
でも子どもは違う。
生まれた瞬間に、
家族の宗教を
先に背負わされる。
選んでいないのに、
名札だけ付けられる。
たとえば オーストラリア の学校現場。
公立校は宗教中立。
でもクラスには、
宗教背景の違う子が並ぶ。
ここで起きるのは、
露骨な対立じゃない。
もっと静かなやつ。
・行事に参加できない
・食べられないものがある
・服装の理由を聞かれる
・「なんで?」を何度も説明する
悪意はない。
でも、
説明役を任され続ける。
これが、地味に効く。
宗教学校に通う子は、
また別の負荷を持つ。
・外の世界とのズレ
・価値観の二重生活
・家と社会の切り替え
学校では当たり前。
外に出ると少数派。
この切り替えを、
子ども一人でやる。
無宗教の私から見ると、
ここが一番ややこしい。
宗教は
守るために与えられているはずなのに、
結果として
負担になる場面がある。
だから多様性国家は、
教育現場で
とにかく慎重になる。
- 教師は立場を取らない
- 特定宗教を正解にしない
- 行事は文化扱いに留める
- 子ども同士で議論させない
中立は、
子どもを守るための装置。
日本にいると、
この問題は
ほとんど見えない。
でも多様性国家では、
日常的に起きている。
声を上げない子が、
静かに消耗していく。
無宗教である私は、
この構造を
外から見ることができる。
どれが正しいかじゃない。
誰が無理しているかを見る。
宗教は
大人の問題に見えて、
実は
子どもの生活問題だ。
だから
一番慎重に扱われる。
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