⑥ 都市部と地方は、ほぼ別の国
オーストラリアの多様性を語るとき、
一括りにしてしまうと、だいたい話がズレる。
なぜなら、
都市部と地方では前提がまったく違うからだ。
まず、都市部。
シドニー、メルボルン、ブリスベン。
ここは、多様性というより競争社会だ。
人種は多い。
国籍も多い。
でもその分、
学歴、肩書、職歴、英語力、
全部が評価軸として前に出てくる。
移民同士でさえ、
ポジションの取り合いになる。
多様性はあるが、
居心地は決して良くない。
都市部では、
「どこの国から来たか」より
「何ができるか」
「何を持っているか」
がはっきり可視化される。
一方で、地方や準都市。
ここは、空気がまるで違う。
人が足りない。
とにかく足りない。
だから、
来てくれるだけでありがたい。
住んでくれるだけで価値がある。
訛った英語でも、
多少文化が違っても、
仕事をしてくれて、
ルールを守ってくれれば問題にならない。
多様性は、
理念じゃなく実務だ。
地方では、
「溶け込めるか」より
「使えるか」「続くか」
がすべてになる。
この差は、
想像以上に大きい。
都市部でしんどかった人が、
地方に移った途端に楽になることも多い。
逆に、
地方で成立していた人が、
都市部で一気に消耗することもある。
どちらが良い悪いではない。
設計が違うだけだ。
都市部は、
競争を前提にした多様性。
地方は、
不足を前提にした多様性。
この違いを知らずに
「オーストラリアは多様性の国だから」
と一括りにすると、
だいたい判断を誤る。
住む場所で、
同じ国とは思えないほど体感が変わる。
それでも共通しているのは、
無理に混ざらせない、という姿勢だ。
都市部でも、地方でも、
共存はする。
でも、融合はしない。
それが、
オーストラリアという国の
多様性の基本設計だ。
次は、
それでも人種や文化を越えて交わる人たちは、どんな人か。
その話を書こうと思う。
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