① 人種は交わらない。それで社会は壊れていない
多様性の国、オーストラリア。
移民国家で、人種も宗教も文化もばらばら。
外から見ると「多様性が進んだ理想の国」に見えるかもしれない。
でも、実際に住んでみるとすぐに気づく。
人種は、ほとんど交わらない。
同じ街に住み、
同じ職場にいて、
同じ学校に子どもを通わせていても、
コミュニティははっきり分かれている。
インド系はインド系。
中国系は中国系。
日本人は日本人。
白人は白人で、長年のネットワークを持っている。
これを
「冷たい」
「差別的」
と表現する人もいるけれど、
私はそうは思っていない。
むしろ、とても健全だと思っている。
なぜなら、
無理に混ざろうとしないからこそ、
お互いに踏み込みすぎない。
文化も価値観も違う前提で、距離を保つ。
それが、この国の安定装置になっているからだ。
誤解されがちだけど、
交わらない=敵対しているではない。
挨拶はする。
仕事は一緒にやる。
困っていれば助ける。
ただ、それ以上は踏み込まない。
深いところまで理解し合おうとしない。
それを失敗だとも、不完全だとも思っていない。
個々での交流は、普通にある。
仕事仲間として。
近所の人として。
学校の保護者として。
でも、グループになると一気に交わらなくなる。
これは差別というより、人間の性質に近い。
集団になると、
言語、
文化、
笑いのツボ、
暗黙の了解、
そういった「前提」が一致する場所に戻る。
オーストラリアは、
それを無理に否定しない国だ。
「多様性だから、みんな仲良く」
そんな幻想を掲げない。
共存はする。
でも、融合はしない。
この前提を受け入れられるかどうかで、
オーストラリアの住み心地は大きく変わる。
これは批判でも、失望でもない。
20年住んで見えてきた、ただの事実の記録だ。
次は、
中高生は本当に交わっているのか。
その話を書こうと思う。
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