分からないことを自覚した子が、最初に壊される場所
高校生になる頃には、
状況はさらに悪化していた。
分からない。
ただそれだけ。
どこが分からないのかも、
もう分からない。
でも一つだけ、
はっきり自覚していたことがある。
私は、分かっていない。
だから私は、
自分で塾に行くことを決めた。
誰かに言われたわけじゃない。
逃げたかったわけでもない。
「このままじゃまずい」
ただ、それだけだった。
それが、
悪夢の始まりだった。
初日の数学の授業。
手も挙げていないのに、
突然、名前を呼ばれた。
黒板の前に立たされ、
こう言われた。
「これ、解いてみろ」
もちろん、
解けるはずがない。
5分。
10分。
黒板の前で、
ただ立ち尽くす。
頭は真っ白。
時間だけが過ぎていく。
後ろから、
ひそひそと声が聞こえる。
私のことを、
話しているのが分かる。
教室全体が、
一気に遠くなった。
最悪だった。
その後、
どうなったのかは覚えていない。
記憶が、
きれいに抜け落ちている。
たぶん、
心が先に切断したんだと思う。
今なら分かる。
あれは
指導でも
発破でも
根性論でもない。
公開処刑だった。
分からないことを自覚して、
勇気を出して助けを求めた子に
最初に与えられた体験が、これ。
これは、
勉強ができない子を
二度と質問できなくする。
当時の私は、
「塾に行けば何とかなる」と思っていた。
でも現実は違った。
分からない子に必要なのは、
答えでも
スピードでも
正解でもない。
安全だ。
- 分からないと言ってもいい
- 間違えても晒されない
- 置いていかれない
この前提がない場所で、
学習は成立しない。
この話は、
塾を否定したいわけじゃない。
先生を責めたいわけでもない。
ただ一つ、
はっきり言えることがある。
分からない状態の子を、
見せしめにしてはいけない。
それだけで、
人は簡単に壊れる。
次回は、
「分からない」と言えなくなった子が、その後どうなるのか。
勉強の話じゃない。
これは、
自己信頼の話。
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※この話は「教育」カテゴリーにまとめてあります。


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