勉強が不得意な子への声かけ|第4話

時代の前提が、親子のすれ違いを作っていた

私が小学生だったのは昭和後期。
中学生は平成初期。

今のように
多様性とか
特性とか
学び方の違いとか
そういう言葉は、ほとんどなかった。

「努力すればできる」
「やれば結果は出る」

それが、
疑いようのない前提だった時代。


母は、私にこう言っていた。

「やればできる」

それだけだ。

成績が悪くて
怒られたことは一度もない。
叱責もない。
人格否定もない。

今思えば、
かなり穏やかな関わり方だったと思う。


それでも私は、
算数や数学で
ずっとつまずいていた。

やっても
やっても
理解できない。

説明を聞いても、
途中で霧がかかる。

でも当時は、
「合わない」
「特性が違う」
そんな言葉は、
家庭にも学校にもなかった。


昭和後期から平成初期の教育は、
とてもシンプルだった。

  • 勉強は努力
  • 成績は成果
  • できないのは途中経過

別の見方をする余地が、
ほとんどなかった。

だから母も、
別の言葉を持っていなかった。


母は、
勉強ができる人だった。

努力が
結果につながった人だった。

その経験を疑う理由はない。
それは当然だ。

これは、
母の問題ではない。

時代の前提の話だ。


当時は、
「分からないことが続く」という状態を
どう説明していいか、
誰も知らなかった。

責める言葉はなくても、
補足する言葉もなかった。

結果として、
勉強が不得意な子は
一人で抱えるしかなかった。


今の時代は違う。

  • 得意不得意
  • 学び方の違い
  • 向き不向き

言葉が増えた。

だからこそ、
私たちは選べる。

同じ言葉を
同じ前提で
そのまま使わなくていい。


このシリーズは、
過去を裁くためのものではない。

むしろ、
「当時は仕方なかった」
そこをちゃんと認めた上で、

今なら、別の声かけができる
という話。


次回は、
怒られなかったのに、なぜ苦しさが残ったのか。

責めない家庭でも起きる、
静かなズレについて書く。


#教育 #時代背景 #昭和後期 #平成初期 #子育て

※この話は「教育」カテゴリーにまとめてあります。

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