勉強が不得意な子への声かけ|第2話

努力では越えられない科目が、確かに存在する

「勉強は、やればできる」

この言葉は、
多くの家庭で
疑いなく正解として使われている。

でも私は、
算数と数学で
その言葉がまったく当てはまらなかった。


何度も解き直した。
分からないところを聞いた。
問題集も、参考書も使った。

それでも——
理解した感覚が、ついに来ない。

答えは覚えられる。
手順もなぞれる。
でも「なぜそうなるか」が、頭の中でつながらない。

霧の中を歩いているような感覚。
進んでいるつもりでも、
景色が一切変わらない。


この感覚は、
経験したことがない人には
とても分かりにくい。

勉強ができる人ほど、
こう言う。

「そこまで難しくないよ」
「一回聞けば分かるでしょ」
「なんで分からないの?」

でも、
分からない側は、分からない理由が分からない。

ここが、
一番つらい。


算数や数学は、
暗記科目ではない。

  • 抽象的に考える力
  • 構造を捉える力
  • 頭の中で組み立てる力

これらが噛み合わないと、
どれだけ努力しても
「理解」に到達しないことがある。

これは
根性の問題ではない。
努力不足でもない。

脳の使い方の違いだ。


でも子どもは、
そんな説明をしてもらえない。

代わりに渡されるのは、
このメッセージ。

「やればできる」
「できないのは、やってないから」

結果どうなるか。

努力してもできない

自分を責める

「どうせやっても無駄」になる

この流れは、
学力を伸ばさないどころか、
学ぶ力そのものを奪う。


ここで大事なのは、
「努力が無意味」と言いたいわけではない。

努力が効く領域と、
効きにくい領域がある、
という話だ。

にもかかわらず、
全部を努力で片づけると、
できない子は
自分の存在ごと否定される。


もしあの頃、
誰かがこう言ってくれていたら
私は少し違ったかもしれない。

「これは、あなたの努力不足じゃない」
「向いてないやり方で頑張ってるだけ」
「別の力が育ってる途中かもしれない」

たったそれだけで、
救われる子はいる。


次回は、
勉強ができる親ほど、なぜこの地雷を踏んでしまうのか

悪気がないからこそ起きる、
すれ違いについて書く。


#教育 #子育て #勉強が苦手 #算数がわからない #親の前提

※この話は「教育」カテゴリーにまとめてあります。

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