勉強が不得意な子への声かけ|第1話

「やればできる」と言われ続けた私が、学歴コンプレックスになるまで

私が子どもの頃、
母に何度も言われてきた言葉がある。

「あなたは、ただやってないだけ」
「やればできる子なんだから」

母は悪気なく、
むしろ励ましていたのだと思う。

でもこの言葉は、
長い時間をかけて、
私の中に別の何かを残した。


私は勉強が得意な子ではなかった。
特に、算数と数学。

やっても
やっても
理解できない。

説明を聞いても、
途中で霧がかかる。
何が分からないのかも、うまく言葉にできない。

それでも母は言う。

「ちゃんとやれば分かるはず」
「理解できないのは、集中してないから」

そのたびに、
私はこう思うようになった。

できないのは、私が怠けているからなんだ。
本気を出していないからなんだ。


ここで大事なのは、
母は勉強ができる人だった、という事実。

理解が早く、
つまずいた経験が少ない人にとって、
「分からない感覚」は想像しにくい。

だから母は、
できない私の気持ちが分からなかった。

これは
優劣の話ではない。
愛情の有無でもない。

前提の違いの話だ。


算数や数学は、
努力だけでどうにかなる科目ではない。

抽象的な理解、
構造を捉える力、
頭の中で組み立てる感覚。

ここに強い弱いがある。

やっても霧が晴れない子がいる。
それは怠慢ではない。
能力差でもない。
特性の違いだ。

でも当時の私は、
そんな言葉を知らなかった。

ただひたすら、
「できない自分はダメだ」
「本気を出せばできるはずなのに」
その矛盾を抱え続けた。


大人になって気づいた。

私を一番縛っていたのは、
成績でも、偏差値でもない。

「やればできるのに、できていない自分」
という自己否定
だった。

これが、
私の学歴コンプレックスの正体だった。


このシリーズでは、
勉強が不得意な子どもに
どんな声をかければよかったのか。

そして、
今 親になった私が
絶対に使わない言葉について、
一つずつ言語化していく。

これは誰かを責める話ではない。
過去を裁く話でもない。

ただ、
同じ言葉で
同じ痛みが
繰り返されないための記録。

次回は、
「努力では越えられない科目がある」という現実について、
もう少し踏み込んで書く。


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※この話は「教育」カテゴリーにまとめてあります。

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