【第2.5話】癒しの工程

――救急車の中で、私が残した最後の言葉

この日は、
子どものスクーターの試合の日だった。

カイトは、
自分のRUNを
ちょうど終えた直後だった。


救急車に、
カイトが同乗していた。

それは後から知った事実だ。

当時の私は、
記憶がない。

だからこれは、
私の記憶じゃない。
残された側の現実だ。


試合。
順番。
RUN。

日常の延長線にあったはずの一日が、
そこで途切れている。


私が発した、
最後の言葉

「everythings goona be …」

そこで、途切れている。

最後まで言えていない。
たぶん
「everything’s gonna be okay」
そう言いたかったんだと思う。

でも、
言い切れなかった。


あの言葉が
誰に向いていたのかは、
もう分からない。

カイトだったのか、
自分だったのか。

ただ、
あの瞬間の私は、母だった。


その晩のことも、
私は後から聞いた。

家族で、泣いたと。

芋も、
カイトも、
アルビーも。

理由の説明はなかった。
順番も、言葉も、なかった。

ただ、
泣いた。


私は、
その場にいない。

記憶もない。
共有された映像もない。

それでも、
その夜があったことは、
確かな事実として残っている。


ヒーリングって、
自分の痛みを癒すことだと
思っていた。

でも違った。

自分が不在だった時間に、
家族がどう過ごしていたかを
後から知ること
も、
癒しの工程だった。


この話は、
家族の中でも
あまり語られていない。

でも、
無かったことにはできない。


あの未完の言葉は、
今でも途中のままだ。

でも、
続きは
今を生きている私が
静かに引き受けている。


これは、
感動の話じゃない。

親として立派だった
という話でもない。

ただの事実。

試合の日。
RUNの直後。
救急車。
その晩、家族で泣いた。

それだけの話。


このシリーズでは、
こういう事実も
そのまま置いていく。

意味づけしない。
美談にしない。

癒しの工程は、
こういう場所にも
確かに存在している。


#ヒーリング
#脳出血
#癒しの工程
#家族の記憶

この話は「ヒーリング|脳出血」カテゴリーにまとめてあります。

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