前編 2008年の永住ビザと今 

私が体で知っているオーストラリア移民制度

「2008年の私、どうやって永住権取ったんだろう?」

最近ふと、そんなことを考えた。
今はChatGPTもあって、情報も山ほどあって、それでも永住権は遠い。
でも当時の私は、英語も今より全然できなくて、知識も浅くて、なのに取っている。

結論から言うと――
制度が違った。時代が違った。そして、人が違った。

これは、2008年にオーストラリア永住権(配偶者)を自力で取得した私が、
「昔と今」を実体験だけで比較した記録です。


2008年の永住ビザ申請は、今とは別世界だった

まず前提として、2008年は今とは完全に別世界。

  • オンライン申請なし
  • ImmiAccountなし
  • ChatGPTなし
  • Google翻訳はほぼ使い物にならない
  • YouTube解説なし

申請はすべて紙
私はブログと掲示板を頼りに書類を印刷し、並べ、ホチキスで止めて、
ブリスベンのDepartment of Home Affairs(当時の移民局)に直接持参した。

ゴールドコースト(サウスポート)にも出張所があり、
日本に一時帰国する前には、そこでリターンビザの申請もしている。

永住権の証明は、
パスポートにビザラベル(シール)を貼ってもらう方式
今ではもう存在しない仕組みだ。


2008年の費用感:正直、安すぎた

はっきり言って、今から見ると破格。

  • 政府申請料:約1,500〜2,000ドル
  • 健康診断・警察証明・翻訳など:数百ドル
  • エージェント:使っていない

合計で2,000ドルちょっと。

私の記憶が「3,000ドルも払ってない」のは、完全に正しい。

今の配偶者ビザが1万ドル超えなのを考えると、
同じ永住権でここまで差が出るのかと、正直引くレベル。


英語力? 今思うと、無謀

ネット環境は整っていなかった

今みたいに、家でWi-Fiにつないでスマホで検索、
そんな環境は2008年にはなかった。

私が情報を見ていた場所は、たぶんこのどちらか。

  • ネットカフェ
  • 公共図書館のPC

時間制限あり、PCは遅い、印刷は有料。

だから、

  • ダラダラ読めない
  • 必要なところだけ拾う
  • 大事そうなページは印刷して持ち帰る

そんな読み方しかできなかった。

今思うと、この環境が逆に良かった

情報は少ない。時間も限られている。
だから、理解しきれなくても判断して進むしかなかった。


2008年当時の私の英語力を、今の自分が見たらこう思う。

「これで申請するとか、無謀すぎる」

法律英語なんて分かっていなかったし、
immigration用語も初見だらけ。

それでも進めた理由は一つだけ。

完璧に理解してからやろうとしなかった。

分からなくても読む。
分からなくても進む。
止まらない。

英語力じゃない。行動の筋力だった。


2008年は「人が見ていた」

当時の移民制度で、いちばん大きかった違い。

人間が見ていた。

  • 書類不備はその場で指摘されることもあった
  • 結婚生活の実態が重視された
  • 写真、同居歴、生活の流れ

文章が完璧じゃなくても、
「この人たちは本当に一緒に生きているか」が見られていた。

今は違う。

  • オンライン提出
  • システム・AI判定
  • 不備=即ストップ
  • s56(追加資料)地獄

人間味は、ほぼ消えた。


今の永住ビザ:高い、遅い、シビア

現在のオーストラリア永住ビザは、

  • 申請料は3〜4倍
  • 処理時間は2〜4年も普通
  • 要件は頻繁に変更
  • 情報は多いが、逆に迷う

「情報が多い=簡単」ではない。

むしろ今は、
理解・戦略・判断力がないと詰む時代。


それでも思うこと

2008年の私が特別だったとは思わない。

ただ、

  • 分からなくても動いた
  • 他人に丸投げしなかった
  • 自分の人生の手続きを、自分でやった

それだけ。

そして今、
あの時の感覚が、別の形で戻ってきている。

若さの勢いじゃない。
無知の無謀さでもない。

一度、人生を通した人間の再起動。

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