うちの子たちは、
アジア人ハーフで、
しかもボートに住んでいる。
冷静に考えると、
差別やいじめの対象としては、
ネタにしやすい条件が全部そろっている。
見た目。
名前。
家庭環境。
生活スタイル。
「普通」からは、確実に外れている。
だから正直、
私はずっと思っていた。
どうやって立ち回っているんだろう。
どんな距離の取り方をしているんだろう。
全部は、分からない。
たぶん、これからも
全部は教えてくれない。
でも、見ていて分かることはある。
彼らは、
正面突破をしない。
否定されたら、
正しさで殴り返さない。
説明もしない。
「そういう人もいるね」
で、終わらせている。
もう一つ分かるのは、
自分たちの世界を持っているということ。
学校だけが世界じゃない。
クラスの評価が、
自分の価値の全部じゃない。
家に帰れば、
ボートという完全に別の生活がある。
学校のルールが通用しない世界がある。
それは、
かなり強い。
たぶん彼らは、
無意識に分かっている。
ここで全部を受け止める必要はない。
ここは仮の場所だ。
ここが世界の中心じゃない。
だから、
全部を本気で受け取らない。
差別やいじめに対して、
子どもができる最善の立ち回りは、
「強くなること」じゃない。
一つの世界に閉じ込められないこと。
うちの子たちは、
ボート生活という
もう一つの軸を持っている。
それが
逃げ場であり、
支点であり、
余白になっている。
私は、
彼らに戦い方を教えていない。
代わりに、
こういう前提だけは
静かに渡している。
・全部に答えなくていい
・説明しなくていい
・分かってもらえなくても困らない
そして
帰ってくる場所は、ここにある。
差別のネタは、
これからも
なくならないと思う。
でも、
それを真正面から
受け止めない技術は、
もう身につけ始めている気がする。
それは
親が与えた強さじゃなく、
生活そのものが
勝手に育てた強さだ。
子どもたちは、
案外うまく立ち回っている。
私が思っているより、
ずっと静かに、
ずっと現実的に。
※この話は、「差別」カテゴリにまとめています。
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#海外子育て
#ボート生活
#複数の世界を持つ
#前提の外に出た話


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