若い頃は、
差別っぽいものに出会うたび、
心のどこかがザワついていた。
怒るほどでもない。
でも、飲み込むのもしんどい。
何よりつらかったのは、
「どう反応するのが正解か分からない」
その状態だった。
差別に対して、
よくある選択肢は二つ。
・声を上げる
・黙って耐える
でも実際は、
その二択だけじゃない。
海外で暮らすうちに、
私は少しずつ
怒らない選択をするようになった。
それは
諦めたからじゃない。
怒らなくなった理由は、
相手に期待しなくなったから。
分かってもらおうとしない。
正しさを教えようとしない。
態度を改めさせようともしない。
それをやるには、
エネルギーがかかりすぎる。
そして多くの場合、
そのエネルギーは
返ってこない。
昔の私は、
「言わなきゃ分からない」
「黙ると負けた気がする」
そう思っていた。
でも今は、
こう思っている。
全部に反応する方が、
よっぽど相手の土俵に乗っている。
差別に慣れたわけじゃない。
鈍くなったわけでもない。
ただ、
「これは拾う」
「これは拾わない」
を選べるようになった。
それだけ。
怒らないことは、
弱さじゃない。
黙ることも、
敗北じゃない。
自分の時間と気力を、
どこに使うかを決めているだけ。
それは
大人になったからできる
現実的な判断だと思っている。
差別は、
なくならない。
でも
それに人生の主導権を
渡す必要もない。
私はもう、
差別に自分の感情を
振り回される側には戻らない。
※この話は、「差別」カテゴリにまとめています。
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