嫌われる勇気より、詰まない選択

──アジア人くそばばあと思われても、生き残る方を選ぶ

オーストラリアで生活していると、
ときどき必ず出くわす。

「これ、1人で解決しないと詰むな」
という場面。

そのとき私が考えることは、たった一つ。

相手が
私のことをどう思うか。
嫌われるか。
感じ悪いか。

一切、考えない。

正直に言う。

「アジア人くそばばあ」
そう思われてるだろうな、と思う場面もある。

でも、
だから何?
で終わり。

最近よく聞く
「アジア人差別は許されない」
「やめてくださいと言えば通じる」

――正直、甘い。

あるんだよ。
差別。
普通に。

それを
「差別だからやめてください」
って言えば
相手が態度を改めてくれると
本気で思ってるなら、
海外なめすぎ。

現実はこうだ。

差別はある。
偏見もある。
不利な前提は、最初からある。

だから私は、
そこに感情を使わない。

とりあえず
押す。
押す。
押しまくる。

遠慮しない。
空気も読まない。
好かれようともしない。

なぜなら、
海外では
黙ってる人は
「問題がない人」
として処理されるから。

察してもらえる文化じゃない。
主張しない人は
存在しないのと同じ。

だから私は
目的だけを見る。

そして
問題が解決したあとに
必ず言う。

「ありがとう」
「助かりました」
「あなたのおかげです」

これは媚びじゃない。
人間関係を壊さないための技術だ。

押すところは押す。
でも、最後は必ず感謝で終わらせる。

それを20年、
淡々と繰り返してきた。

結果、どうなったか。

私は今もここで
生活している。

仕事も
住む場所も
人間関係も
詰んでいない。

海外で生き残るのに必要なのは
正しさでも
綺麗事でもない。

詰まない判断。

嫌われる勇気、なんて
聞こえのいい言葉より
現実で役に立つのはこれ。

嫌われてもいいから、詰まない選択。

ワーホリの人。
留学生。
これから海外に出る人。

好かれようとするな。
正義を振りかざすな。
まず生き残れ。

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