「我が家の場合」と「一般論」は、どこが違って、どこが同じか
老後シリーズは、
ここまで 2つの視点 で書いてきた。
- 我が家の場合
- 一般論(誰でも再現できる考え方)
この2つを並べて読むと、
「で、結局どう受け取ればいいの?」
と感じる人もいると思う。
だからここで一度、
違いと共通点を整理しておく。
まず、はっきり違うところ
① 暮らしの前提が、そもそも違う
正直に言う。
我が家の暮らしは、
多くの人の前提とは
かなりズレている。
- ボート暮らし
- 家賃なし
- 教育費なし
- 国をまたぐ前提
これは
優れているとか、
合理的だとか、
そういう話ではない。
前提が違う。
ただそれだけ。
② 住まいと働き方の位置づけが違う
一般的には、
- 住宅ローンがある
- 持ち家を軸に考えている
- 仕事は場所とセット
という人が多い。
我が家は、
この前提をかなり外している。
だから
同じ発想で考えようとすると、
噛み合わなくて当然。
ここからが本題:共通しているところ
違いは大きいけれど、
考え方の芯は共通している。
共通点① 老後を「完成形」にしていない
一番大きな共通点はここ。
- 我が家も
- 一般論編でも
老後を
「ここがゴール」
「これで完成」
とは考えていない。
老後は、
途中で形を変える前提。
完成させないから、
身動きが取れる。
共通点② 金額より「回るかどうか」
老後を
「いくら必要か」で考えない。
考えているのは、
- 下げられるか
- 止められるか
- 立て直せるか
回る構造かどうか。
これは
暮らしの形が違っても
共通して使える視点。
共通点③ 住まいも働き方も聖域にしない
我が家は、
- ここに一生住む
- この働き方を最後まで
という決め方をしていない。
一般論編でも、
同じことを書いた。
最終形にしない。
これだけで、
老後の自由度は大きく変わる。
共通点④ 最低ラインを持っている/持てる
我が家は
「いくらで生き延びられるか」を
感覚と数字で把握している。
一般論編では、
最低ラインの作り方を書いた。
やり方は違っても、
目的は同じ。
最悪を想定しても詰まない状態
を作ること。
この比較で伝えたかったこと
このシリーズでやりたかったのは、
「我が家を参考にしろ」
でも
「一般論が正しい」
でもない。
- 我が家は一つの極端な実例
- 一般論は多くの人に使える設計図
その間にある
自分用の落としどころを
見つけてほしかった。
形じゃなく、前提を持ち帰る
見るべきなのは、
暮らしの形じゃない。
- 縮められるか
- 動かせるか
- 間引けるか
- 戻れるか
前提の軽さ。
ここだけ持ち帰れば、
老後設計は十分成立する。
最後に
老後が軽い人は、
特別な人生を歩んでいるわけじゃない。
前提を重くせず、
調整できる余地を残しているだけ。
それは、
どんな暮らしでもできる。
#60代 #老後 #人生設計 #比較
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