あの頃、
「YOU SHOULD BE HAPPY」と言われて、
私は腹が立った。
でも今なら、
はっきり言える。
あの言葉は、
間違っていなかった。
正しい言葉が、正しいとは限らない
「YOU SHOULD BE HAPPY」
意味としては、正しい。
誰だって
幸せでいていい。
幸せになる資格がある。
でも
正しい言葉=正解じゃない。
言葉には
タイミングがある。
置き場所がある。
あの時の私は、立ち止まれなかった
子どもが小さくて、
毎日が戦場だった。
止まれない。
休めない。
考える余裕もない。
そんな状態の人にとって
「幸せでいなよ」は、
前を見る言葉じゃなく、
今を否定する言葉になる。
芋は、先を見ていた
これも、今だから言える。
芋は
「今の私」じゃなく、
「この先の私」を見ていた。
私は
「今を回す」ことで精一杯で、
未来の自分を見る余白がなかった。
視点が、違った。
言葉は、先に行きすぎることがある
愛のある言葉ほど、
先に行きすぎる。
受け取る側が
そこまで歩いていないと、
その言葉は置き去りになる。
悪意はない。
ズレがあるだけ。
いまの私なら、受け取れる
もし今、同じ言葉を言われたら、
私はこう返すと思う。
「うん、そうだね」って。
それは
私が成長したからじゃない。
余白ができたからだ。
言葉は、回復してから届く
正論も
優しさも
愛も
回復してから、やっと届く。
だから
あの言葉は、
間違ってなかった。
ただ、早すぎただけ。
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