第1話|悪意のある人は、確かにいる

差別の多くは、
悪意のないものだと思っている。

でも。
それだけじゃない。

悪意のある人も、確かにいる。


たとえば、
私の英語が分かっているはずなのに、
分からないふりをし続ける
スーパーの店員。

何度も、はっきり話している。
内容も難しくない。
でも返ってくるのは、
首をかしげる仕草と
「I don’t understand」。

一度や二度なら、
気のせいで済ませる。

でも、
続くと分かる。

これは
語学力の問題じゃない。

相手が、聞く気がないだけ


こういうタイプは、
稀だけど、いる。

露骨に侮辱してくるわけでもない。
怒鳴るわけでもない。
でも
「相手にしない」という形で
確実に線を引いてくる。

これは
悪意のない差別じゃない。

静かな悪意


若い頃の私は、
こういう場面で
無駄に消耗していた。

・もっと丁寧に言えば通じるかも
・私の発音が悪いのかも
・もう一度説明してみよう

そうやって
自分の側を修正し続けていた。

でも今は、違う。


今の私は、
相手を説得しない。

分からないふりをされたら、
別の店員を呼ぶ。
カウンターを変える。
店を出る。

相手を変えようとしない。

これ、
逃げじゃない。

エネルギーの配分を
間違えないだけ。


悪意のある人は、
こちらがどれだけ丁寧でも、
理解しようとしない。

そこに
理屈も、努力も、
意味はない。

だから
こちらも
深入りしない。


差別に対する対処は、
一種類じゃない。

・説明する
・怒る
・距離を取る
・関わらない

相手の種類によって、
選べばいい。

悪意のない人と、
悪意のある人を
同じ土俵で扱わなくていい。


悪意のある人がいることを、
否定しない。

でも
その人たちのために
自分の一日を
削る必要もない。

それが
海外で生きる中で
私が選んだ
現実的なスタンス。

※この話は、「差別」カテゴリにまとめています。

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