正直に言うと、
Superの状況を夫婦で当たり前に共有できている家庭は、うらやましい。
残高も、運用状況も、将来の見通しも、
同じ画面を見ながら話せる。
それは生活を設計する上では、かなり有利だと思う。
私たちは、そうじゃなかった。
共有しようと思えば、できたのかもしれない。
でもその話を始めるたびに、
お互い感情的になって、関係にヒビが入る。
正直に言えば、
私たちはそこを乗り越えられるほど
強い夫婦じゃなかった。
だからこれは、
努力しなかった話でも、
分かり合えなかった話でもない。
この前提で進めると、壊れる。
そう判断しただけ。
生活設計として、
その土俵は使えなかった。
Superは、
個人名義で管理され、
ある年齢まで触れず、
日常のお金の流れとも切り離されている。
この構造の上で、
夫婦が常に同じ温度で、
同じスピードで、
同じ判断を続ける。
理想としては美しいけれど、
私たちの現実には合わなかった。
だから私は、
「共有できる前提」を作る努力より先に、
共有できない前提で成立する設計を選んだ。
それは妥協でも、逃げでもない。
関係を守るための、現実的な判断だった。
自分名義で、
自分で判断できて、
必要なタイミングで動かせる場所。
そこに立って初めて、
お金の話を
感情ではなく、生活の話として
扱える気がした。
うらやましいと思う気持ちは、今もある。
でも同時に、
あの前提を手放したからこそ、
進めた場所があるのも事実だ。
次は、
その前提を手放したあと、
完全に自分名義で動かし始めた日の話を書く。
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