修羅場の記憶を振り返ると、
多くの人が同じことを言う。
「自分が消えてた気がする」
「感情がなかった」
「何を考えてたか覚えてない」
でもそれ、
異常でも欠陥でもない。
修羅場で起きているのは「喪失」じゃない
あの時、
自分を失ったわけじゃない。
一時的に、しまっていただけだ。
修羅場では、
人は全部を抱えられない。
だから脳と身体は判断する。
・今いらない感情は後回し
・今いらない欲求は停止
・今やることだけに集中
これは逃避じゃない。
生存の最適化だ。
感情を止めないと、壊れる
感情って、
余裕がある前提で動く。
余裕がない状態で
感情までフル稼働させたら、
人はもたない。
だから修羅場では
感情は畳まれる。
嬉しいも
悲しいも
幸せも
一時停止。
それでいい。
「感じられなかった自分」を責めなくていい
あとになって
こう思う人がいる。
「あの頃、子どもを可愛いと思えなかった」
「幸せだと思えなかった」
「感謝なんて無理だった」
でもそれは、
愛がなかったからじゃない。
過負荷だっただけだ。
修羅場は、感情を守る場所
修羅場は
感情を育てる時期じゃない。
感情を守る時期だ。
いったん畳んで
壊れないようにして
生き延びる。
それが正解。
自分は、あとで戻ってくる
修羅場を抜けると、
ある時ふっと戻ってくる。
・感情
・判断
・「私」という感覚
戻ってきた時、
初めて分かる。
「あの時の私は、
ちゃんと自分を守ってた」って。
修羅場を通った人は、失っていない
消えたんじゃない。
壊れたんじゃない。
生き延びるために、しまっていただけ。
回復は、
ちゃんと後から来る。
※この話は「修羅場」カテゴリにまとめてあります。
#修羅場シリーズ
#感情の退避
#子育ての現実
#生存の最適化
#余白はあとから


コメント