第1話|「とりあえず大学」は、誰の不安か

「とりあえず大学へ行こう」

この言葉ほど、
思考を止める魔法の呪文はない。

子どもに聞く。
「何学びたいの?」

返ってくる答えはだいたい決まっている。
・まだ分からない
・みんな行くから
・就職に有利だから

ここで多くの大人は思う。
「まあ、大学で見つかるかもしれないし」

でも、ちょっと立ち止まろう。

それ、本当に
子どものための判断だろうか。


学びたいことが分からないのは、普通だ。
18歳だもの。

問題はそこじゃない。

問題は、
分からない状態のまま、数百万円と数年を差し出すことが“正解”として通ってしまう構造


「大学に行かないと不安」

この不安、
子どものもののように見えて、
実はほとんどが親の不安だ。

・高卒でやっていけるのか
・世間体は大丈夫か
・失敗したらどうする
・説明できない選択は怖い

だから
無難な道を選ばせる

それを
「子どもの将来のため」
という言葉で包む。


でもね、
現実はもう変わっている。

・大卒でも不安定
・学歴だけでは食えない
・奨学金はただの借金
・ホワイトカラーは飽和

それでも
「大学=安心」という前提だけが
30年前のまま残っている。


「とりあえず大学」は、
挑戦でも
可能性でもない。

判断の先送りだ。

そしてその先送りのツケを払うのは、
たいてい子ども。


誤解してほしくない。

大学が悪いと言っているわけじゃない。
学ぶことを否定しているわけでもない。

言っているのは一つだけ。

👉 目的のないコストは、優しさじゃない


このシリーズでやりたいのは、
「正解」を押しつけることじゃない。

・なぜこうなったのか
・何が更新されていないのか
・どこがズレているのか

それを
構造として言語化すること


次回は、
なぜこの前提が
30年ほぼ変わらずに残ってしまったのか

進路OSの話をする。

これは
子どもの話じゃない。
大人の話だ。


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