神を持たない私の宗教ノート

第4話|宗教は“思考の前提”になるという現実

信仰がすごいのではない。

もっと衝撃だったのは、

宗教が“思考の前提”になっていることだった。

私にとって判断基準は、

・合理性
・体力
・現実的な選択肢
・自分が壊れないかどうか

でも彼女は違った。

まず最初に来るのは、

「神はどう望んでいるか」

ここがスタート地点。

私はそこで初めて理解した。

宗教は、
行動の上に乗るものではない。

判断の土台になることがある。

だから議論が噛み合わない。

「もう十分頑張ったよ」と言っても、
彼女の基準は“神との関係”にある。

思考のOSが違う。

ここで私は気づいた。

宗教を知らないということは、
他人の思考の前提を理解できないということ。

それは、
政治でも同じ。
教育でも同じ。
家族でも同じ。

宗教は、
信じるか信じないか以前に、

思考の構造に影響を与えるもの。

私は神を持たない。

でも、

神を持つ人の思考の構造を理解できる人間にはなりたい。

それが、
このノートを書いている理由。

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