3 撤退して初めて見えた、海の上の無言の序列

― 海の上の生活・女性から見たボートコミュニティ③ ―

海の上には、細かいルールが少ない。
その代わり、はっきり書かれていない「序列」がある。

それは誰かが説明してくれるものじゃない。
長く関わるうちに、空気として分かってくるものだ。

誰が決める人なのか。
誰が動く人なのか。
誰が支える側なのか。

この線引きは、会議で決まるわけでも、肩書きで示されるわけでもない。
でも、不思議なほど固定されている。

ボートの世界では、
「よく動く人」「気がつく人」「頼まれる人」が重宝される。
私も、その位置にいた。

力仕事もしていた。
ゴムボートの操船もしていた。
その場で必要なことは、だいたい分かっていた。

でも、ある時はっきりした。
私は「決める側」ではなかった。

下に置かれていたわけじゃない。
見下されていたとも思っていない。
ただ、最初から“上に行く前提”の位置ではなかった。

そして、その立場のまま
私は脳出血を起こした

身体が、前と同じようには動かなくなった。
安全に関わる作業を、私が担うべきではなくなった。

同じ頃、
長男が15歳になり、
ボートに関わる役割として、年齢も判断力も、現実的に「適任」になった。

私は、自分で撤退を選んだわけじゃない。
でも、この流れは理解できた

誰かに奪われたとも思っていない。
譲った、という感覚とも違う。

ただ、
この場所で私が担っていた役割は、
私がいなくなっても回るように、
もともとそういう構造だった、というだけだ。

撤退は、敗北じゃない。
美談でもない。

できなくなったことと、
次に担える人が現れたことが、
同時に起きただけだ。

海の上には、今も無言の序列がある。
それ自体が悪いとも思っていない。

ただ私は、
その序列の中で
「役割を終えた位置」に移動した。

それだけの話だ。

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