幼少期の話

――テレビのない家で育ったという前提

私は昭和50年代生まれ。
気づいたときから、家にテレビがなかった。

貧乏だったわけじゃない。
母ははっきり「教育方針」だと言っていた。

当時の私は、その意味を理解していない。
ただ一つ分かっていたのは、
うちは他と違うという事実だけだった。


4年に一度、オリンピックの年だけは特別だった。
レンタル屋からテレビを借りる。

今考えると、とんでもない話だ。
でも当時は、
「普通」に触れられる貴重な機会だった。


テレビがない家には、友達は来ない。
正確に言うと、来させなかった。

恥ずかしかったから。

「なんでテレビないの?」
その一言に、どう答えたらいいか分からなかった。

説明できない違いを、
子どもは一番うまく処理できない。

だから私は、
友達を家に呼ばない選択をした。


その代わり、
家にはいつもラジオが流れていた。

落語。
トーク番組。
言葉だけの世界。

テレビドラマも、
どうにか音声だけ聞いていた記憶がある。

理由は単純だ。

学校で、友達との会話に入るため。

昨日のドラマ。
あの俳優。
あのシーン。

映像は見ていない。
でも、話題から脱落したくなかった。

だから、耳を澄ませた。


今振り返ると、
あの幼少期はなかなかハードだ。

でも同時に、
はっきり分かることがある。

テレビがなかったから、
私は「見る側」にならなかった。

代わりに、
聴いて理解する人間になった。

言葉を拾う。
文脈を読む。
頭の中で勝手に編集する。

映像がない分、
思考だけが鍛えられた。


恥ずかしさもあった。
孤独もあった。

でもあの環境がなければ、
今の私はたぶんいない。

テレビのない家は、
私を不自由にした。

同時に、
考える余白を強制的に与えた。

あれが正解だったのかは分からない。
ただ一つ言えるのは、

あの幼少期が、
私の思考の前提を作った。

少し変で、
少し面倒で、
でもやたらと考える前提を。


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