遺言が書ける前提は、ひとつしかない
遺言の話になると、
多くの人がこう思っている。
「そのうち書けばいい」
「元気なうちは必要ない」
「まだ早い」
でも、
ここで一つだけ
はっきりさせておく必要がある前提がある。
遺言が書ける前提は、
頭がしっかりしていること。
当たり前のようで、
これが一番見落とされている。
遺言は、
「その気になれば
いつでも書けるもの」じゃない。
・判断力が落ちていない
・意思を言語化できる
・内容を理解できる
・本人の意思だと証明できる
この条件が揃って、
初めて「書ける」。
老後や介護の現場で
実際に起きるのは、
もっとグレーな状態。
・体は元気
・でも判断が怪しい
・日によって言うことが違う
・周囲が不安になる
この段階に入ると、
もう遅いことが多い。
よくある誤解。
「まだ話せるから大丈夫」
「意思はあるから問題ない」
違う。
遺言に必要なのは、
意思があることじゃない。
意思を
“公的に扱える状態”であること。
ここが崩れると、
何が起きるか。
・書いても無効になる
・家族が動けない
・結局、法定通りに流れる
・揉めなくても、止まる
相続で一番困るのは、
争いじゃない。
空白。
だから、
家庭内設計の視点では
こう考える。
遺言は、
老後の話じゃない。
「今」か「もう書けないか」の二択。
ここで大事なのは、
急がせることじゃない。
前提を誤解しないこと。
遺言を書くかどうかは、
自由。
でも、
「書かない」という選択をするなら、
代わりに何を共有しておくかは
決めておく必要がある。
我が家は、
まだ法的な遺言は書いていない。
でも、
・何がどこにあるか
・何か起きた時の連絡順位
・誰が最初に動くか
この最低限は
共有できている。
完璧じゃない。
でも、
詰まらない。
家庭内設計で
遺言を見る目的は一つ。
残すことじゃない。
動けなくなる時間を
作らないこと。
次回は、
ここから一段深く入る。
遺言がなくて困るのは、
相続じゃなく
「倒れた直後の現場」だという話。
ここ、
ほとんど語られていない。
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#老後設計
#感情より構造
#詰まない設計
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