子供に英語を馬鹿にされた日、私の前提がはっきりした

子供が私の英語を聞いて爆笑していた。

「Mum、それ違うし」
「発音ヤバいよ?」

へぇ。

で?

産んだの誰だよ。

まずそこな。


私は日本育ち。
英語は後付け。

ゴールドコーストで20年。
綺麗な発音を目指してきたわけじゃない。

電話のカスタマーサービスがインド英語でも、
10回聞き返してでも制度を通す。

センターリンクと戦い、
JobSeekerもFTBも理解し、
書類を出し、
家計を回す。

私の英語は、発音重視ではない。

生存重視。


子供はネイティブ環境育ち。
学校も英語。
友達も英語。

発音がいいのは当たり前だ。

でもな。

ゼロから異国で生活を組み立てる英語と、
最初からある英語は別物だ。


正直、ちょっとだけ刺さった。

母だって人間だ。

でも同時に思った。

「発音で母を超えた?
よかったな。育成成功だ。」

子供が母の英語を笑えるってことは、
もう安心しきってる証拠だ。

本気で弱いと思ってたら、いじらない。


この出来事で、前提が一つ固まった。

私は「綺麗な英語」を目指してない。

私は「通す英語」を持っている。

通じる。
制度を理解する。
交渉できる。
生活を守れる。

それで十分だ。


発音は負けたかもしれない。

でも、

ゼロから積み上げる力はまだ負けてない。

子供がいつか異国でゼロから何かを始める日が来たら、
きっと思い出すだろう。

母の英語は綺麗じゃなかったけど、
強かったって。


(この話は「前提」カテゴリーの中の「英語」にまとめていきます。)

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