― じゃあ私たちは、どこで夢を見るのか ―
ここまで、
日本の給料、雇用、前提を
感情ではなく構造で見てきた。
その上で、
最後に残る問いはこれだ。
じゃあ、私たちはどこで夢を見るのか。
一つ、はっきりしていることがある。
夢を見る場所は、
一つである必要はない。
日本か、海外か。
安定か、挑戦か。
残るか、出るか。
どれか一つを選ばなければいけない、
という前提自体が、
もう古い。
今、増えているのは
こんな生き方だ。
・日本で学ぶ
・日本で整える
・外で稼ぐ
・分散して生きる
どれも
日本を否定していない。
同時に、
日本に全てを期待してもいない。
夢を
「この国で叶えなければいけない」
と思った瞬間、
苦しくなる。
でも
「この国はここまで」
と冷静に線を引けたら、
選択肢は増える。
それは諦めじゃない。
設計だ。
夢がないわけじゃない。
・若い世代は冷めていない
・やる気がないわけでもない
・怠けたいわけでもない
ただ、
割に合わない場所で
無理に夢を見なくなっただけ。
それは成熟だと思う。
日本は、
夢を潰す国ではない。
ただ、
夢を伸ばす場所では
なくなった分野が増えただけ。
それを
個人の努力や根性の問題に
すり替えてきた30年が、
今の初任給を作った。
これから必要なのは、
「頑張ればなんとかなる」という物語ではない。
・どこで
・何を
・どの役割として
生きるか。
その前提を、
自分で引き直すこと。
夢が高すぎるんじゃない。
給料が低すぎる。
そしてそれ以上に、
前提が、更新されていなかった。
このシリーズは、
答えを出すためのものじゃない。
自分の人生を
どこに置くかを考える
地図を広げるためのものだ。
どこで夢を見るかは、
自分で決めていい。
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#人生設計
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#夢の置き場所
※この話は「日本の前提」カテゴリにまとめてあります


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