⑧ 多様性は理想じゃない。生存設計だ
多様性という言葉には、
どうしても綺麗なイメージがまとわりつく。
理解し合う。
認め合う。
みんな仲良く。
でも、
オーストラリアで20年以上暮らして思うのは、
この国の多様性は、そんな理想論ではないということだ。
生き残るための設計だ。
人は違う。
文化も価値観も前提も違う。
それを無理に揃えようとすれば、
摩擦が増え、衝突が起き、社会は疲弊する。
だからオーストラリアは、
最初から諦めている。
分かり合えない前提。
混ざらない前提。
信用しすぎない前提。
その代わり、
ルールを作る。
距離を保つ。
役割があるところだけ一緒にやる。
人に期待しない。
善意に賭けない。
構造で止める。
差別はある。
偏見もある。
でも、それを制度にしない。
都市部と地方で設計は違う。
子ども社会でも融合はゴールじゃない。
大学は通過点。
ワーホリや留学生が溶け込めないのも、想定内。
それでも、
社会は壊れていない。
むしろ、
無理に混ぜないからこそ、
ここまで多様な人間が同時に存在できている。
共存はする。
でも、融合はしない。
これは冷たさではない。
諦めでもない。
壊れないための知恵だ。
もしオーストラリアで
「うまく溶け込めていない」と感じているなら、
それはあなたの失敗じゃない。
この国は、
そもそもそういう設計になっていない。
この前提を知っているだけで、
ずいぶん楽になる。
多様性とは、
優しさの証明ではない。
生存のための仕組みだ。
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