働き方が自由になった“フリ”問題
前提設定
この話は、
働かないことを肯定する話でも、
会社を悪者にする話でもない。
努力不足とか
甘えとか
そういう話にもしない。
ただ、
「働き方の多様性」が
どこで止まっているのか
その構造を観察する。
日本の働き方は「自由になった」と言われている
ここ数年、
日本ではよくこう言われる。
・働き方改革
・リモートワーク
・副業OK
・フリーランス
・ジョブ型
一見すると、
選択肢は
かなり増えたように見える。
でも、前提は変わっていない
表面は変わった。
言葉も増えた。
でも、
根っこの前提は
ほとんど動いていない。
フルタイムで
継続的に
安定して
働ける人
これが、
いまだに
標準モデル。
自由なのは「できる人」だけ
働き方が自由になった、
と言われる世界で
実際に得をしているのは誰か。
・体力がある
・メンタルが安定している
・交渉ができる
・環境が整っている
つまり、
最初から余力のある人。
逆に言うと、
余力がない人ほど
選択肢は減る。
外れた瞬間に起きること
標準モデルから外れると、
こうなる。
・収入が不安定
・社会保障が薄い
・評価が下がる
・将来が見えなくなる
でも、
それは制度の問題としては
扱われない。
「自由を選んだんでしょ?」
で終わる。
多様性が自己責任に変わる場所
働き方の多様性は、
ここで姿を変える。
選べるようにした
だから
結果は自己責任
支えない。
補わない。
調整しない。
自由は渡すが、
安全装置は付けない。
働き方は「生活」と直結している
働き方が不安定になると、
連動して壊れるものがある。
・家計
・住居
・医療
・教育
・老後
だから、
働き方の多様性が
設計に落ちていない国では、
人は簡単に詰む。
日本の問題は「移行設計」がないこと
日本は、
一気にこう言った。
「自由に働いていいよ」
でも、
その前にやるべきだったのは
これだ。
・不安定でも生きられる設計
・切り替え前提の制度
・戻れる道
それが無いまま
自由だけを渡した。
結果、
多様性は
落とし穴になった。
最後に
働き方の多様性とは、
職種が増えることじゃない。
肩書きが増えることでもない。
どの働き方を選んでも
生活が詰まないこと。
そこまで設計されて、
初めて
「自由」と言える。
日本の働き方は今、
自由になった“フリ”をしている。
——
次は、
「家族の多様性は、なぜ制度の外に置かれるのか」
を掘る。
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※この話は「多様性」カテゴリーにまとめてあります


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