空気を読む社会に、意見の多様性は存在しない
前提設定
この話も、
誰かを黙らせるためのものじゃない。
議論に勝つ話でも、
正しさを証明する話でもない。
ただ、
なぜ日本では意見が増えないのか
その構造を観察する。
勇気や性格の問題にはしない。
仕組みの話として見る。
日本は「意見が言えない国」ではない
よく
「日本人は意見が言えない」
と言われる。
でも、
それは少し違う。
日本では
意見は
持っていい。
ただし、
出し方に条件がある。
条件の正体は「空気」
日本で意見を出すとき、
必ず考えることがある。
・今、言っていいか
・場の雰囲気を壊さないか
・誰かを困らせないか
この判断を
無意識にやっている。
これが
「空気を読む」。
空気はルールじゃない
ここが厄介なところだ。
空気には
ルールがない。
明文化されていない。
誰も責任を取らない。
でも、
破ると確実に浮く。
・面倒な人
・空気が読めない人
・扱いづらい人
ラベルだけが残る。
意見が「性格の問題」にされる
空気の中で意見を出すと、
内容より先に
こう評価される。
・言い方がきつい
・タイミングが悪い
・協調性がない
中身の正しさは
後回し。
結果、
意見は
人格の問題にすり替わる。
多様性がここで止まる
多様性を語るとき、
日本はこう言う。
いろんな意見があっていい
でも実際は、
こうだ。
いろんな意見があっていい
ただし
空気を壊さない形で
これが、
意見の多様性が
増えない理由。
空気社会と許可制の相性
第2話で書いた
「許可制の多様性」。
空気は、
その実行装置だ。
・言っていいか
・出していいか
・ここまでなら許されるか
誰に聞くわけでもないのに、
常に確認している。
許可を出すのは、
空気。
最後に
意見の多様性がない社会は、
静かに見える。
でも、
中では
判断が溜まり、
不満が溜まり、
疲労が溜まる。
声を上げないのは、
優しさでも
思いやりでもない。
構造の結果だ。
空気を読むことが
生存条件になっている限り、
意見の多様性は
表に出てこない。
日本は今、
多様性を語りながら、
沈黙を量産している。
——
次は、
「教育が単一仕様のまま、多様性だけ叫ぶ矛盾」
を掘る。
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※この話は「多様性」カテゴリーにまとめてあります


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