友の会|十話|正直、嫌だった


家事家計講習会は、
子どもながらに
大変そうだな
と思って見ていた。

夜な夜な資料を作って、
当番が回ってきて、
人前で話す。

そりゃ、
楽そうには見えない。


それ以上に、
正直に言うと――

姉も私も、
長いこと友の会が嫌だった。


地味。
目立たない。
なんか宗教っぽい。

周りの親で
やっている人は誰もいない。


正直、
恥ずかしかった
と思う。


学校の話題にもならない。
自慢にもならない。
説明しても伝わらない。

「なんでそんなことやってるの?」
と聞かれても、
うまく答えられなかった。


だから、
距離を取りたかった。

関わらない方が楽だし、
考えなくて済む。


母がやっていることを、
当時の私は
価値が分からなかった。


でも、
嫌っていたからといって、
生活が壊れたわけでもない。


家は回っていた。
ご飯は出てきた。
時間は守られていた。
お金で揉めることもなかった。


今思えば、
そこが一番厄介だった。


嫌いでも、
効果は消えない。


思想として受け取らなくても、
生活の前提として
身体に入っていた。


だから私は、
大人になってから
これを「好き」になったわけじゃない。


後から、
機能に気づいただけ

だ。


嫌だった。
恥ずかしかった。
距離も取りたかった。


それでも、
生活はちゃんと回っていた。


この矛盾が、
ずっと頭の片隅に残っていた。


(つづく)

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