友の会|三話|フラットだった場所


生活団は、
横浜にあった。

そこで関わっていた
友の会の委員は、
今思えば
医者の妻、
大学教授の妻、
そういう人たちが多かった。


いわゆる
「そっち側」の妻たちだ。

その中で、
庶民妻の枠を独占していたのが母だった。

事実だけ置くと、
そうなる。


でも、
差別された記憶はない。
身分を意識した感覚もない。


たぶん、
なかったのだと思う。

少なくとも、
生活団の中では。


役割はある。
順番もある。

でも、
立場で人が扱われる感じはなかった。


誰の意見か、ではなく、
生活が回るかどうか。

それだけが基準だった。


今でも、
母はその人たちと交流がある。

長く続いている関係だ。

それが、
当時の空気を
物語っている気がする。


だからだと思う。

母が
人に物怖じしないのは。


庶民を
下に見ていないし、
上に置いてもいない。

気にもしていない。


これは、
かなりすごいことだと思う。


強いからじゃない。
鈍感だからでもない。

前提が、最初からフラットだった。


人は、
長く身を置いた場所の
空気を持って生きる。

母は、
そういう場所に
長くいた人だった。


(つづく)

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