勉強が不得意な子への声かけ|第3話

勉強ができる親ほど、なぜ地雷を踏むのか

勉強ができる親は、
だいたい悪気がない

むしろ、
「この子はできる」
「伸びる力がある」
そう信じていることが多い。

だからこそ、
こう言ってしまう。

「分かるまでやりなさい」
「ここは簡単だから」
「一回聞けば分かるでしょ」


でもここに、
大きなズレがある。

勉強ができる人は、
理解に至るまでの過程を意識していない

  • どこで腑に落ちたのか
  • 何がスイッチだったのか
  • なぜ分かったのか

これを、
言語化せずに通ってきている。

だから、
できない側が立ち止まっている場所が
見えない。


できる人の頭の中では、
こうなっている。

「ここまで分かれば、次はこうなる」
「この公式は、前にやったあれと同じ」
「だから当然、こうなるよね」

でも、
できない側の頭の中では——

「どこから来た?」
「なぜそうなる?」
「何と何がつながってる?」

前提が共有されていない。

この状態で
「なんで分からないの?」と聞かれると、
子どもは黙るしかない。


さらに厄介なのは、
親子関係がそこに乗ること。

  • 正解を持っているのは親
  • 評価する立場も親
  • 生活を握っているのも親

この構図の中で、
子どもは反論できない。

分からないと言えば、
責められる。
黙れば、
やる気がないと言われる。

どちらを選んでも、
詰み


親はこう思っている。

「理解できないなんて、ありえない」
「ここまで説明したのに」
「私には分かるのに」

でもこれは、
愛情の欠如ではない。

前提のズレだ。

できる人の前提で
できない人を測っている。

それだけのこと。


もし、
勉強ができる親が
一つだけ意識するなら、これ。

「私は分かる側だ」という自覚を持つこと。

そして、
その前提を
一度、脇に置くこと。

  • 分からないのが普通
  • つまずく場所は人それぞれ
  • 説明が足りない可能性もある

この視点に立てたとき、
声かけは変わる。


「どこから分からなくなった?」
「ここまでは、どう?」
「今は分からなくていい」

この言葉は、
理解を促すためじゃない。

安心を作るための言葉

安心がないところに、
理解は生まれない。


次回は、
学歴コンプレックスは、どこで作られるのか

成績表よりも、
もっと手前の話をする。


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