シリーズ|前提の外に出た話【第2話】

ひとつ
先に言っておく。

私は
今、日本で働いているわけじゃない。
オーストラリアに住んで20年になる。

でも
25年前、日本で働いていた。

そのときの感覚は
今でもはっきり覚えている。

できる人ほど忙しくなり
できる人ほど任され
断れない人ほど消耗する。

あれは
時代の問題じゃなかった。

構造だった。

当時も
「能力で評価されている」と思われていた。

でも実際に評価されていたのは
成果より
効率より
空気への適応力

・頼まれたら断らない
・場を乱さない
・波風を立てない
・不満を表に出さない

これができる人ほど
「仕事ができる人」だった。

だから
仕事は役職ではなく
人に紐づく

できる人に集まり
できる人から抜けなくなる。

会議の調整
空気の緩衝材
誰もやらない雑務
責任だけ重い仕事

全部
「あの人なら大丈夫」で集まる。

これは評価じゃない。
調整コストの外注

当時も
給料には反映されなかった。
肩書きにも残らなかった。

それでも断ると
冷たい
協調性がない
わがまま
と言われた。

私は
「そういう社会なんだ」と思っていた。

でも
外に出て
別の設計で生きてみて
初めて分かった。

あれは
日本人の性格でも
個人の弱さでもない。

最初から
そうなる前提で組まれた社会
だった。

今も
同じ前提は残っている。

だから
頑張っているのに楽にならない人が
後を絶たない。

それは
あなたが弱いからじゃない。

前提が
今もアップデートされていない
ただそれだけ。

今日はここまで。

まだ
解決策は出さない。

まずは
この前提が
どれだけ長く
どれだけ深く
私たちの思考に入り込んでいるかに
気づくところから。

——
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