私は「正しい働き方」を探すのをやめた
前提を外して、
怒らなくなって、
比べなくなって。
少し静かになったあと、
もう一つ変わったことがある。
「正しい働き方」を探すのを、やめた。
正解探しをしていたことに気づいた
今思うと、
私はずっと探していた。
- フルタイムが正解なのか
- パートがいいのか
- 制度は使うべきか
- 男はどれくらい働くべきか
答えが一つある前提で、
自分の立ち位置を測ろうとしていた。
でも、前提を外したら分かった。
そもそも正解なんて、なかった。
あるのは「条件」だけだった
見えるようになったのは、これ。
- 借金があるか
- 固定費がどれくらいか
- 誰のために、いつまで必要か
- 今、体力と時間はどれくらい残っているか
これが違えば、
選ぶ働き方が違うのは当たり前。
フルタイムも、
パートも、
ABNも、
制度利用も。
どれも手段でしかなかった。
働き方は、人生観じゃなかった
以前の私は、
働き方に意味を乗せすぎていた。
- フルタイム=ちゃんとしている
- 休む=甘え
- 楽をする=逃げ
でも今は違う。
働き方は、
思想でも、人格でもない。
その時点の条件に対する、
一時的な配置。
だから変わっていいし、
戻ってもいい。
お金の見え方も変わった
ここで初めて、
お金の話が同じ構造だと分かった。
- たくさん稼ぐ=正解
- 投資する=偉い
- 貯めてない=ダメ
これも全部、
働き方と同じだった。
条件を見ずに、結果だけを評価していた。
働き方も、
家計も、
投資も。
全部、
「前提 → 条件 → 選択」
の話だった。
私が今していること
正解を探すのをやめて、
代わりにやっているのはこれ。
- 条件を書き出す
- 固定費を見る
- 無理のない位置に置く
- 定期的に見直す
感情は後回し。
まず構造。
すると不思議と、
迷いが減る。
結論
正しい働き方は、存在しない。
あるのは、
今の条件に合っているかどうか。
それだけ。
正解探しをやめたら、
人生が雑音の少ないものになった。
私は今、
その設計図の上で生きている。
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