長い間、私は
「芋はセンターリンク依存」
「働きたくないんだろうな」
と、どこかで思っていた。
正確に言うと、
そう思おうとしていた。
でも、ここまで整理して分かった。
問題は芋でも、センターリンクでもない。
私が無自覚に持ち込んでいた“前提”だった。
前提① 借金と働き方は切り離せない
これは事実。
借金があると、
毎月の返済が最優先になる。
働き方は「選択」ではなく「義務」になる。
仕事を断る自由は、ほぼない。
一方、
借金がないと
生活コストが低く、
仕事の時期・人・条件を選べる。
「必要な分だけ働く」が成立する。
芋は後者だった。
センターリンクを使っているから
働かないのではない。
借金をしていないから、
働き方を選べている。
ここを逆に理解していたのが、
最初のズレだった。
前提② センターリンク=怠け、という誤変換
私の周りには
極度のセンターリンク嫌いの
オージー旦那がいる。
制度を一切使わない。
思想レベルで拒否している。
正直、強い。
尊敬もある。
でも問題はそこじゃない。
その存在が、
私の中の日本的前提を刺激した。
- 制度を使わない=立派
- 制度を使う=後ろめたい
という上下の物差しが、
勝手に発動していた。
本来、センターリンクは
善悪でも、人格評価でもない。
生活を安定させるための制度。
それを私は、
いつの間にか
羞恥の材料にすり替えていた。
前提③ 日本のOSを、豪州に持ち込んでいた
これが一番、私を苦しめた。
- 男は働くべき
- フルタイムが正解
- 制度利用は恥
- 楽をする=ズル
この日本の前提を、
オーストラリアの生活に
そのまま当てはめていた。
そりゃ、苦しくなる。
オーストラリアでは、
制度は前提。
働き方は流動的。
フルで働かない男も珍しくない。
前提が違えば、選択も違う。
それだけの話なのに、
私はずっと
「間違っているのは自分では?」
と、自分を疑っていた。
いま分かったこと
芋は、
センターリンクを使っている人ではない。
借金をしない設計を選び、
働き方の自由度を確保している人だった。
私が苦しんでいたのは、
制度そのものではなく、
それを恥だと感じさせる
借り物の前提だった。
結論
現実を複雑にしていたのは、
制度でも、人でもない。
前提だった。
前提を外した瞬間、
見え方は一気にシンプルになる。
私は今、
その真ん中で
庶民の現実を見える化する側に立っている。
それでいい。
やっと、自分の立ち位置が腑に落ちた。
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