「なんで私ばっかり?」の正体
子育てをしている間、
何度も心の中でつぶやいた言葉がある。
「なんで私ばっかり?」
声に出したことは、
たぶん、ほとんどない。
でも、思わなかった日はなかった。
学校からの連絡。
体調管理。
予定調整。
夜中の対応。
名前のない雑務のほとんどを、
私が引き受けていた。
当時はそれを
夫婦の温度差とか、
理解不足とか、
愛情の差だと思っていた気がする。
でも今なら、はっきり分かる。
あれは感情の問題じゃなかった。
ただの役割だった。
母が前に立ち、
父が一歩引く。
そういう配置に
なっていただけ。
誰かが怠けていたわけでも、
無責任だったわけでもない。
家族というチームの中で、
役割が固定されていただけだった。
だから私は
「なんで私ばっかり?」と感じながら、
同時に
「私がやらなきゃ」とも思っていた。
矛盾しているようで、
実はとても整合性がある。
役割を引き受けている人ほど、
その重さを自覚しにくい。
役割の外にいる人ほど、
中で起きていることが見えにくい。
最近になって、
この感情がふっとほどけた。
誰かを責めたい気持ちも、
過去を精算したい気持ちも、
特に残らなかった。
「ああ、配置の問題だったんだな」
そう腹落ちした瞬間、
長年まとっていた
妙な緊張感が抜けた。
これは
我慢を美化する話でも、
夫を立てる話でもない。
役割を
感情と切り離して
見られるようになった、
というだけの話。
だから今は、
前に出る必要がなくなった。
少し引いた場所から、
家族全体を見るようになった。
それだけのことなのに、
驚くほど心が静かになった。
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