――話し合っても、解決しない理由
問題が起きたとき、
よく言われる言葉がある。
「ちゃんと話し合おう」
一見、
正しくて
大人で
誠実な対応に見える。
でも現実には、
話し合えば話し合うほど、疲れる家庭がある。
なぜか。
話し合いが必要な時点で、もう遅い
話し合いが発生するのは、
だいたいこのタイミング。
・余裕がない
・疲れている
・感情が荒れている
・どちらかが限界
この状態で
冷静な判断はできない。
話し合いは
解決策じゃなく、
摩耗イベントになる。
問題は意見の違いじゃない
多くの人は
「価値観の違い」だと思っている。
でも違う。
問題は
判断をその場に残していること。
・誰が出すか
・どこまで我慢するか
・どこで止まるか
これが決まっていないから
毎回、話し合いが必要になる。
話し合いで解決するもの・しないもの
話し合いで
解決できるのは、
・一時的な調整
・気持ちの共有
・情報のすり合わせ
解決できないのは、
・恒常的な負担
・役割の偏り
・構造的な未設計
ここを
話し合いで何とかしようとすると、
関係性が削れる。
設計されている家庭は、静か
うまく回っている家庭は、
驚くほど
話し合いが少ない。
なぜなら
決めてあるから。
・お金の流れ
・役割の境界
・止まる条件
・触らない領域
話し合う前に
判断が終わっている。
話し合いを減らすという選択
話し合わない=冷たい
ではない。
壊さないための設計。
優しさや理解に
頼らなくても
回る形を作る。
それが
続く家庭。
次は
「共有しない、という設計」
に進む。
この話は「当たり前を構造にする」カテゴリにまとめてあります。
#当たり前の再設計
#話し合い神話
#判断力は有限
#家庭内設計
#生存設計


コメント