自分では、離婚すると思ってた?
正直に言うと、
昔の私は「離婚するかも」と思いながら、
離婚できる状態ではなかった。
別れたら、
住む場所がない。
一人で子どもを育てるのは無理だと思っていた。
お金も、段取りも、覚悟も足りなかった。
怖かった。
だから離婚しなかった。
これは建前じゃない。
本音の本音。
我が家の場合、決定的だったのは
住む場所の選択肢がなかったこと。
ボート暮らし。
家でも土地でもない。
名義や主導権が、完全に対等とは言えない。
関係がこじれると、
芋はそこを切り札にしてきた。
言葉にしなくても分かる圧があった。
「ここを失ったら、どうする?」
その現実が、常に頭にあった。
当時の私は、
完全に弱者だった。
だから、
「離婚したくない」以前に
「離婚できない」状態にいた。
この二つは、まったく違う。
多くの人がここを混同する。
「子どものため」
「今はタイミングじゃない」
そう言いながら、実際は
失ったら終わる。
一人では無理。
選択肢がない。
それは、愛でも覚悟でもない。
恐怖だ。
私もそこにいた。
当時は、
話し合いというより生存だった。
選択じゃない。
耐えるしかなかった。
でも時間が経って、
少しずつ状況が変わった。
住む場所の選択肢。
働き方。
お金。
外とのつながり。
「この関係が終わっても、私は路頭に迷わない」
そう思える足場が、少しずつできた。
その瞬間、
関係の見え方が変わった。
初めて、こう思えた。
「離婚できるけど、今はしない」
昔は
「離婚しないしかなかった」。
今は
「選ばないだけ」。
同じ“離婚していない”でも、
中身はまったく違う。
皮肉だけど事実。
離婚できる状態になってからの方が、
関係は安定した。
切れるカードを持ったから、
切らなくてよくなった。
このシリーズで言いたいのは、
離婚が正しいとか
我慢が美徳とか
そんな話じゃない。
問題は、
選べないまま耐えていること。
そしてもう一つ。
あの頃の私を、私は否定しない。
弱者だった。
怖かった。
生きるために、離婚しなかった。
それでいい。
でも今なら、はっきり言える。
住む場所を握られた関係は、対等じゃない。
対等じゃない関係は、
感情じゃなく構造でしか変えられない。
次は、
じゃあ今の私たちは
なぜ“しぶとく”一緒にいるのか。
愛でも、我慢でもない理由を、解体する。
#前提
#パートナーシップ
#離婚
#40代50代
#設計
この話は「前提」カテゴリにまとめてあります。


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