それでも「夢を見ろ」と言うなら、大人が責任を取れ|最終話

ここまでの話を、
「現実的でいい話だね」で終わらせるつもりはない。

これは、
教育の話だからだ。


「可能性は無限大」
「やればできる」
「夢を持て」

この言葉を、
15歳前後の人間に投げるのは簡単だ。
気持ちがいい。
希望を与えた気になる。

でも、その先で何が起きるか。

  • 座れない席がある
  • 努力しても届かない
  • 比較され続ける
  • それでも撤退は許されない

ここまで想定してから言っている大人は、ほぼいない。


はっきり言う。

希望だけ渡して、地図を渡さないのは無責任だ。

夢を煽るなら、
同時にこれも教えなければいけない。

  • 席には数がある
  • 順番がある
  • 早い者勝ちの世界がある
  • 後発は戦い方を変える必要がある
  • 撤退は失敗じゃない

ここまでセットで初めて、
「教育」になる。


それでも現実では、
うまくいかなかったとき、
こう処理される。

  • 本人の努力不足
  • メンタルの弱さ
  • 覚悟が足りない

全部、本人に押し付けて終わり

それは教育じゃない。
責任転嫁だ。


このシリーズで一貫して言ってきたのは、
才能論でも、根性論でもない。

配置の話だ。

  • どこで戦うか
  • いつ始めるか
  • どの席を狙うか
  • どこで引くか

これを教えずに、
努力だけを要求するのは、
目隠しで走らせているのと同じだ。


だから、15歳だ。

  • 世界に競争があると知り
  • 比較が始まり
  • 進路を考え始める

このタイミングで、
希望と一緒に、
構造を渡す。

それが、大人の役割だ。


最後に、これだけははっきり書いておく。

夢を持っていい。
挑戦していい。
本気になっていい。

でも、

壊れてまで追う必要はない。

勝てない場所から引くのは、
負けじゃない。
判断だ。

生き残る配置を選ぶのは、
甘えじゃない。
戦略だ。


このシリーズは、
成功者を増やすためのものじゃない。

無駄に壊れる人を減らすためのものだ。

それができて初めて、
次の世代は、
自分の人生を選べる。

この話は、教育や進路を考えるための前提として書いている。同じテーマはブログ内の「前提」「教育」のカテゴリにまとめてある。#前提 #教育 #思考の前提 #進路 #責任

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