『それ私の仕事じゃない』社会で生きる覚悟はあるか|第3話

――サービスを受ける側が感じる「ちょっと……それはないわ」

「それは私の仕事じゃありません」

この言葉を、
一番モヤっとした顔で聞くのは誰か。

働く側でも、
管理する側でもない。

サービスを受ける側だ。


オーストラリアで生活していると、
この瞬間は定期的にやってくる。

・今それ拾えば終わるのに
・今ひと言あれば解決するのに
・今ここで止めれば被害出ないのに

でも返ってくるのは、
淡々とした一文。

「それは私の仕事じゃありません」

責めてるわけじゃない。
正論なのも分かってる。
前提がそう設計されているのも理解している。

——それでも、
ちょっと……それはないわ
って、心のどこかで思う。


この違和感の正体は、
サービスの質でも
相手の性格でもない。

期待値のズレだ。

日本で育つと、
無意識に刷り込まれる前提がある。

  • その場が回るなら一歩出る
  • 誰かが困っていたら補う
  • 自分の担当外でも場は守る

これは善意というより、
場を壊さないための反射神経

だから
「何も起きてないのに、誰も動かない」
という状況に、強烈な違和感が出る。


でもオーストラリアでは逆。

  • 線を越えない
  • 契約外はやらない
  • 情は業務外

これも冷たさじゃない。
労働者を守るための合理性

だからここで起きているのは、
どちらかの欠陥じゃない。

守っているものが違うだけ


正直に言う。

私はもう慣れた。
ちゃんと慣れた。

でも、
好きになったわけじゃない。

この感覚、
海外長期組なら
たぶん分かる。

「納得」と「適応」は違う。

納得してないけど、
期待しないことで
自分を守るようになった。

それが
生存戦略としては正しいのも、
よく分かってる。


ここで大事なのは、
「だから日本がいい」
「だからオーストラリアはダメ」
という話にしないこと。

むしろ問いたいのは、これ。

あなたは、どの立場に一番ストレスが来るか。

  • 働く側?
  • 管理する側?
  • それとも、受ける側?

どのポジションに重心を置くかで、
この社会の見え方は、まるで変わる。


『それ私の仕事じゃない』社会は、
働く側には優しい。

でも同時に、
受ける側が「諦め」を学ぶ社会でもある。

その諦めを、
合理性として受け入れるのか。
違和感として抱え続けるのか。

ここにも、
覚悟が要る。


次は、
この違和感をどう扱うか。

国も変えない。
制度も変えない。
相手も変えない。

それでも壊れずに生きるための
二重OSの話をする。


#前提
#サービスと労働
#期待値のズレ
#海外生活
#社会設計

※この話は「前提」カテゴリにまとめてあります

コメント