⑤ 子ども本人から見た「多様性」
ここまで、
親や学校の視点で多様性教育を見てきた。
でも一番置き去りにされがちなのは、
子ども本人の感覚だ。
子どもは、
「多様性」なんて言葉で世界を見ていない。
- 誰といると楽か
- 誰といると疲れるか
- どこにいると安心できるか
ただ、それだけで動いている。
違う言語。
違う文化。
違う家庭の空気。
それらを
「学ぼう」としているわけじゃない。
毎日、浴びている。
だからこそ、
子どもはときどき距離を取る。
同じ文化圏の友達とだけ話す日もある。
一人で過ごす日もある。
特定のグループから離れる時期もある。
それは拒否でも、失敗でもない。
調整だ。
大人が思っている以上に、
子どもは自分のキャパシティを分かっている。
混ざりすぎて疲れたら戻る。
緊張が続いたら距離を取る。
安心できたら、また外に出る。
この行ったり来たりこそが、
多様性の中で生きるための
本当の練習だ。
でも大人が、
「もっと混ざりなさい」
「せっかくの環境なんだから」
と声をかけると、
この調整は一気に壊れる。
子どもはこう感じる。
「今の自分は足りない」
「ちゃんとできていない」
そして、
自分の感覚を信じなくなる。
多様性社会で一番必要なのは、
自分の居心地を測る力だ。
誰といればいいか。
どこまで近づいていいか。
どこで引くべきか。
それは、
教え込まれるものじゃない。
経験の中で、静かに育つものだ。
子どもはもう、
十分に多様性の中を生きている。


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